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2017年9月12日発売

講談社

丸山眞男の憂鬱

講談社選書メチエ
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内容紹介
戦後日本を代表する知識人として知られる丸山眞男(1914-96年)。政治学の第一人者として「丸山政治学」と呼ばれる仕事を残し、多くの弟子と信奉者を生み出した丸山の主著は、しかし今日に至るまで真に読まれてはいない。
この紛れもない事実と向き合ってきた著者が、ついに丸山論を書き上げた。
ここで取り上げられる丸山の主著とは、『日本政治思想史研究』(1952年)である。大学院生の頃に小室直樹博士の自主ゼミナールでこの書を読んだ著者は、改めてこの書を取り上げるに際し、同じゼミナールで読んだ山本七平(1921-91年)の『現人神の創作者たち』(1983年)を併行して読む必要性に気づいた。この山本の著書で焦点をあてられているのは、山崎闇斎(1619-82年)とその学派であり、まさに闇斎と闇斎学派こそが丸山にとっての蹉跌となったことを著者は明確に認識する。
本書は、不可欠の準備作業として『日本政治思想史研究』を精読し、そこで取り上げられたものと取り上げられなかったものを綿密に腑分けすることから始められる。そこでは本格的に論じられずに終わった対象を、丸山は30年近くのちになって取り上げている。その長大な論文「闇斎学と闇斎学派」(1980年)を精読したあと、山本の『現人神の創作者たち』と対照させること。本書が実行しているのは実にシンプルな作業であるが、驚くべきことに、そのシンプルな作業がこれまでなされてこなかったことは厳然たる事実である。
闇斎学派に特徴的な正統な権威に対する絶対的な忠誠は、日本の近代化にとって不可欠なエートスとして機能した。その一方で、丸山を一躍スターにした論文「超国家主義の論理と心理」(1946年)で批判した、超越的な天皇への忠誠に駆動された「超国家主義」の淵源に闇斎学派があることもまた否定できない。このジレンマに気づいたあと、丸山と山本はいかなる道を選び、歩んだのか。後年の丸山に著者が見て取る「憂鬱」をもたらした真の理由とは何だったのか。
本書は、日本の近代化を考える上で避けて通れない主題に正面から取り組んだ画期の書にほかならない。
目次
序 章

第2章 『日本政治思想史研究』を読む
第3章 『日本政治思想史研究』を批判する
1 逆張り
2 自然という概念
3 作為について
4 天皇について
5 闇斎学派の位置づけ
6 国民主義の「前期的」形成
7 丸山の文体
8 なぜ誰も批判しない
第4章 「闇斎学と闇斎学派」を読む
第5章 『現人神の創作者たち』を読む
第6章 丸山眞男と山本七平
1 闇斎学派のリゴリズム
2 リゴリズムなのか
3 朱子学と闇斎学
4 湯武放伐論
5 ドグマの形成
6 日本の正統論
7 儒学と神道
8 直方と絅斎
9 歴史との格闘
10 赤穂事件
11 尊皇思想へ
第7章 丸山眞男の憂鬱
1 宣長から水戸学へ
2 尊皇攘夷と明治維新
3 なぜ憂鬱なのか
4 ベラー『トクガワ・リリージョン』
5 憂鬱を卒業する

あとがき

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