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2017年9月12日発売

講談社

凱旋門と活人画の風俗史 儚きスペクタクルの力

講談社選書メチエ
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内容紹介
古代ローマ時代に戦勝を記念して数多く作られた凱旋門。ローマの衰退とともに姿を消した凱旋門はルネサンス期に甦り、君主入市式に際して仮設建築の形で作られた。
一方、中世の教会で行われた典礼劇に端を発する活人画はその後アルプス以北の君主入市式を飾り、ルネサンス期には凱旋門を舞台に演じられるようになった。
両者は一体となってルネサンス宮廷の一大スペクタクルとして盛り上がりをみせたが、時代が下ると近代市民社会においてそれぞれ別の道をたどることになる。活人画は上流階級の夜会の余興として引き継がれ、凱旋門はやはり戦勝記念として国威の発揚を目的に作られ続けた。
さらにそうした文化は明治期のわが国にも流れ込み、国民統合の象徴として、祝祭の装置として、人集めの見世物として、高尚と下世話あい取り混ぜて浸透することになる。
両者ともエフェメラル(束の間)の存在として、一瞬間現れては消えてゆく。それ故に人々の期待と耳目を集める効果は大きく、その制作のためには美術・演劇はもとより音楽・文学といった芸術家たちの力が要請され彼らの腕の見せ所ともなったのである。
本書では、時を超え、洋の東西をまたいでさまざまなジャンルの芸術と触れあいながら、凱旋門と活人画がスペクタクルの力をいかに発揮してきたのかをたどる。
目次
第一章 ルネサンスのハリボテ凱旋門
  君主の祝祭――入市式とは何か/ハリボテ凱旋門
  古代風凱旋入市式のしるしとしての凱旋門
  メッセージの展示スペース
  君主と儀式の舞台空間
第二章 ルネサンスの活人画
  活人画の図像プログラム/予型論的活人画
  舞台の形状、カーテンおよび扉の使用/活人画の背景画
  君主も活人画に参加する/圧縮された演劇/美術史上の傑作を活人画に
第三章 ポッセッソ――新教皇のスペクタクル
  教皇によるローマ入市式/ポッセッソの道順をたどる
  ヒエラルキーを可視化する行列/立ち並ぶ仮設凱旋門
  教皇とユダヤ人との演劇的対話/ローマ市民の楽しみ=硬貨まき
第四章 活人画の誕生一――一八世紀後半~一九世紀前半
   「活人画」の誕生/ゲーテ「親和力」に登場する活人画/上流階級の娯楽
  公的な余興=国家のスペクタクル/活人画になった絵画
第五章 大衆化する活人画――一九世紀後半
  原作なき活人画/国家的、民族主義的イベントと活人画
  機会音楽としての活人画伴奏音楽
  スカーレット・オハラとアン・シャーリーが演じた活人画
  社交・集会の場としての活人画の催し/裸体見物の口実としての活人画
  裸体活人画を演じるレヴュー・ガールたち/性風俗産業でも
第六章 明治の凱旋門と活人画
  明治の凱旋門/在留外国人による最初の活人画
  「鹿鳴館文化」としての活人画/癸卯園遊会の「世々の面影」
  歌舞伎役者の歴史活人画興業/歌舞伎座大外れの理由
  学生風俗としての活人画/漱石と活人画/『素人に出来る余興種本』
第七章 新宿帝都座の額縁ショウへ
  顕れたトタンに幕/新宿帝都座の額縁ショウ/仕掛け人秦豊吉
  エロか、芸術か?/額縁ショウの口実としての泰西名画
  芸なしハダカ・ショウvs.帝劇ミュージカルの活人画

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