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2018年2月15日発売

講談社

京都学派

講談社現代新書
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内容紹介
西田幾多郎に始まり、田辺元、三木清、そして「京大四天王」と呼ばれた高山岩男、西谷啓治、高坂正顕、鈴木成高と、戦前、匆々たる哲学者を輩出した「京都学派」。彼らの思想は西洋の「受け売り」ではなく、むしろ西洋哲学に伍し、さらにはその乗り越えさえも目指したオリジナルな哲学的思考として、今も高く評価されています。
 しかしその一方では、日中戦争以降の日本の海外侵略的政治姿勢に思想面からのお墨付きを与えたとして、厳しい批判にもさらされています。本書では、いったん彼らの「政治的な誤り」はカッコに入れた上で、極力、客観的なその哲学的評価を試みます。その上で、なぜ彼らは過ちを犯すことになったのか、その深い理由にも迫ります。
 じつはそこには日本の思想、いえ、思想のみならず「後発の近代国家」として出発せざるを得なかったという近代日本の宿命が、構造的に関わっているのではないでしょうか。そしてその問題は、今なお克服されることなく、ことあるごとに日本人の思想の中に回帰してくる。例えば近年の柄谷行人氏の思想などにも、著者は思想の「形」としての同一性を見ています。その意味において、京都学派をどう捉えるかは、私たちにとっても過去の問題ではなく、まさにアクチュアルな問題なのです。
 本書は、今なお毀誉褒貶あい半ばする京都学派の思想を、「われわれ」の問題として再提起する試みです。
目次
プロローグ───なぜ今、京都学派なのか
第一章 それは東大から始まった───フェノロサから綱島簗川   
第二章 京都学派の成立───西田幾多郎と田辺元
第三章 京都学派の展開───京大四天王の活躍と三木清
第四章 戦後の京都学派と新京都学派───三宅剛一と上山春平
エピローグ 自文化礼賛を超えて───京都学派のポテンシャル

※近刊検索デルタの書誌情報はopenBDのAPIを使用しています。

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