近刊検索 デルタ

2018年1月19日発売

文藝春秋

オッペケペー節と明治

文春新書
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内容紹介
なにが文明開化だYO! 金持ちにNO!明治二十年代に日本中で大ブームを巻き起こしたラップの元祖とでもいうべき歌「オッペケペー節」の謎を追って、近代がはじまった日本へタイムスリップ!明治二四、五年ごろ、日本中の人々が口ずさんでいた「オッペケペー節」。七五調の歌詞の途中や末尾に「オッペケペッポー、ペッポーポー」という囃子ことばが入るスタイルの歌だ。ひょうきんな言葉の響きとは裏腹に、その歌詞には「心に自由の種を蒔け」「洋語をならふて開化ぶり」など、政治的なメッセージや、鋭い批判、風刺があふれていた。これが文明開化の荒波に翻弄されていた当時の民衆の心をつかむ。流行の発信源は、政治活動家から落語家に転身し、のちに演劇人として名をなした川上音二郎。テレビやラジオはおろか、レコードもない時代に、全国津々浦々まで広まり、明治期最大の流行歌の一つとなった。この歌が流行した明治二〇年代は、あらゆる面で日本に近代が訪れていた。大日本帝国憲法が公布されて、最初の総選挙が実施され、最初の議会が開かれた。議会政治の幕開けである。東海道線の新橋-神戸間が開通、幹線網も拡大し、人々の移動量が飛躍的に増大しはじめるなど、社会的インフラが発展した時期だった。メディアの転換期でもあった。新聞雑誌といった新しい活字メディアが生活に浸透しはじめ、蓄音機という新たな音声メディアが登場した。二葉亭四迷の言文一致体小説『浮雲』が出版されたのも明治二〇年である。そんな時代に広まり、いまとなっては忘れ去られてしまった「オッペケペー節」。誰が作ったのか、誰が歌い始めたのかも分からない、この歌を通して、近代化が始まった時代の空気に迫る。

※近刊検索デルタの書誌情報はopenBDのAPIを使用しています。

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