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2017年9月28日発売

影書房

「韓国からの通信」の時代―韓国・危機の15年を日韓のジャーナリズムはいかにたたかったか

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内容紹介
1972年10月、朴正熙大統領は国会を解散して全国に非常戒厳令を宣布、大学を休校にし、新聞・通信は事前検閲の下に置くことを告げた。さらに「維新憲法」を公布し、「一人独裁の半永久的体制」をもくろんだ。 この「十月維新」体制から、1987年全斗煥政権下の「6月抗争」に至るまでの、およそ15年におよぶ軍事独裁政権の時代、韓国の学生・キリスト者・市民は、自由と民主主義を求めて、各地で多くの犠牲を出しながらも、不屈のたたかいを続けた。 メディアは、政権批判はおろか抵抗運動の報道すらできなくなったが、たえかねた『東亜日報』記者たちは「自由言論実践宣言」を発表、外部干渉と機関員の出入り等を拒否する。また政府の圧力による広告一斉引き上げという弾圧に対しては「白紙広告」で対抗するなど、一進一退を繰り返しながらも、メディアも“民主争取"のたたかいに参画していった。 また、『朝日新聞』など日本のメディアも、金大中拉致事件や民主化運動の動静を詳しく報じ、韓国メディアの沈黙を補う役割を担い、隣国の痛みに「共感をもって参与」した。 当時“T・K生”の筆名で韓国内の政治・民主化運動の情勢を『世界』(岩波書店)誌上でレポートし、韓国国外から運動を支えた著者が、同時代の『東亜日報』(韓国全国紙)・「韓国からの通信」(『世界』連載)・『朝日新聞』(日本)の3紙誌を再読・整理し直し、「韓国民主化の時代」を詳らかに再現する。
目次
序文にかえて―日本の読者のために 韓国語版序文   * 第1章 『東亜日報』が伝えたこと ・維新体制のはじまり ・「白紙広告」の戦い ・3・1民主救国宣言 ・光州事件 ・民衆革命の時代へ 第2章 「韓国からの通信」が伝えたこと ・批判と拒絶 ・殉教の時代 ・希望の底流 ・誰が来る春を止められよう ・時代の闇を超えて 第3章 『朝日新聞』が伝えたこと ・維新体制をながめる憂いの眼 ・金大中拉致事件と日韓関係 ・政治的弾圧に対する国際的批判 ・深まる憎悪と分裂 ・吹きはじめた自由の風   * あとがき 関連年表
著者略歴
池 明観(チ ミョンクワン)
1924年平安北道定州(現北朝鮮)生まれ。ソウル大学で宗教哲学を専攻。 朴正熙政権下で言論面から独裁に抵抗した月刊誌『思想界』編集主幹をつとめた。1972年来日。74年から東京女子大客員教授、その後同大現代文化学部教授(86〜93年)。 雑誌『世界』(岩波書店)に73年5月号から88年3月号まで“T・K生”の筆名で、韓国内の軍事政権と対抗する民主化運動の動静をレポートした「韓国からの通信」を連載。(この連載はのちに岩波新書から『韓国からの通信』『続 韓国からの通信』『第三・韓国からの通信』『軍政と受難―第四・韓国からの通信』として、80年7月までの連載分が再編・刊行された。) 93年に韓国に帰国し、翰林大学日本学研究所所長をつとめる。98年から金大中政権の下で韓日文化交流の礎を築く。 主要著作『T・K生の時代と「いま」―東アジアの平和と共存への道』(一葉社)、『韓国と韓国人―哲学者の歴史文化ノート』(アドニス書房)、『池明観自伝―境界線を超える旅』(岩波書店)、『韓国現代史』『韓国文化史』(いずれも明石書店)、『韓国史からみた日本史』(かんよう出版)ほか

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