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8月13日発売予定

イー・ピックス

木を植えた人・二戸のフランシスコ ゲオルク・シュトルム神父の生活と思想

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内容紹介
日本にキリスト教がもたらされて470年。決して成功しているとはいえないその長い福音宣教の歴史ではあるが、この神父の姿からは、日本のキリスト教の土壌を黙々と耕し続けた愚直な姿を感じることができる。

 本書の主人公ゲオルク・シュトルム神父は1915年スイスで生まれた。カトリックの深い信仰を持つ母に育てられ、ローマの大学で哲学を学んだ後、スイスに本部のあるベトレヘム宣教会の経営する神学校で学び、卒業後、司祭として中国で宣教に励んだ。しかし、中国共産党の政策により中国を追放され、ベトレヘム会の宣教師たちは命からがら日本へ逃れ、そして岩手県の宣教を任されることになった。シュトルム神父もその一人として岩手の小さな町、二戸市に着任し、この地で45年間を過ごし、89年の生涯を閉じた。

 神父は二戸に住む45 年間に二千本にも上る植林活動を行い、一千八百点にのぼる膨大な数の植物図譜(水彩画)や木彫を残した。毎日の聖務日課の聖書朗読を即興のギター伴奏で歌い、これらの曲は後に『バイブルソングス』(音楽之友社)として出版された。宮澤賢治の童話に刺激されて書いた童話集『子山羊とフランシス』(岩手日報刊)『幸せの種』(信山社刊)もある。

 神父の生活は民家を教会とし、手作りの十字架やマリア像を置き、畑を耕し野菜を作り、山羊やアヒル、ガチョウ、ニワトリなどを飼い、冷蔵庫も石油ストーブもない質素な自給自足の生活だった。清貧・貞潔・従順を貫いたその生活はアシジの聖フランシスコや宮澤賢治を彷彿とさせる生き方でもあったが、宣教師としては多くの信者を得ることが出来ず深い挫折の45 年間でもあった。それでもこの神父の思想と人柄に触れ、心の支えにした人たちもたくさんいた。この本は、その様な人たちの支えによって世に出ることになったもので、シュトルム神父の生活と思想が感じてもらえるよう写真やスケッチを紙面の許す限り掲載し、生活の中で発せられた神父の言葉を出来るだけ掲載した。珠玉の言葉をこのように残すことができたのは、ひとえに著者・黒澤勉氏の功績である。

 神父の残した仕事と言葉の中に、戦後日本におけるキリスト教福音宣教の成功と挫折を見、来るべき日本の福音宣教への希望の道を見いだして頂けたなら、この本を世に送り出した甲斐があったものと思う。
目次
年譜
始めに
Ⅰ 神父の生活
Ⅱ 神父の思い出
Ⅲ 二戸に生きたスイス人神父
Aシュトルム公園林
B神父と二戸市民
C植樹の思想
Ⅳ ジョルジュお爺さんと共に
Ⅴ 神父とセシリア
Ⅵ シュトルム神父語録から
A 信仰について
B 聖人について
Ⅶ 結び  
〈付録〉
木を植えた人たち 虔十、ブフィエ、シュトルム神父
著者略歴
黒澤 勉(クロサワ ツトム)
1945年 青森県十和田市生まれ。東北大学文学部国文科卒業。27歳でシュトルム神父に出会い、以来、40年余り師事してきた。岩手県内の高校教師を22年間勤めたのち、岩手医科大学教養部、共通教育センターの文学科教師として20年間勤務し2011年退職。著書に『日本語つれづれ草』『病者の文学-正岡子規』『子規の書簡( 上・下)』『東北民謡の 父 武田忠一郎伝』『言葉と心』『盛岡ことば入門( 一)~(五)』『オーラルヒストリー 拓魂』。近年に書かれた論文に「柳原昌悦と宮澤賢治」「満蒙開拓青少年義勇軍の夢と現実」がある(いずれも『北の文学』所収)。定年退職後は「南部駒蔵」のペンネームを使い、執筆に余生を捧げている。

※近刊検索デルタの書誌情報はopenBDのAPIを使用しています。

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