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2018年8月17日発売

みすず書房

映画『夜と霧』とホロコースト

世界各国の受容物語
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内容紹介
フランスの映画監督アラン・レネが1955年に発表した30分余りの短編ドキュメンタリー映画『夜と霧』。その後『二十四時間の情事(ヒロシマ・モナムール)』(1959)『去年マリエンバートで』(1960)を世に送ったこの映画作家の意図にかかわらず、ナチスによる強制(絶滅)収容所の実態をはじめて映像化した『夜と霧』は、ホロコーストをめぐる戦後の世界各国の政治的・社会的思惑との関係で、さまざまな波紋を呼んだ。
映画誕生の経緯、1956年カンヌ映画祭への正式出品を在仏ドイツ大使館の抗議で外されたことに始まり、フランス(ナチスへの協力をしめす映像を修正)、ドイツ(紆余曲折をへて、教育映画として青少年はじめほとんどの国民がみる。ドイツ語訳はパウル・ツェラン)、イスラエル(ユダヤ人の観点が無視されているとして上映禁止)、イギリス、オランダ、アメリカでの受容をめぐる詳細な物語と考察は、一本の映画が戦後史に大きな影響を及ぼした比類なき例証となっている。『アンネの日記』『ショア』『シンドラーのリスト』など数々の映画との比較もしながら、ホロコーストを記憶にとどめておくために、やはり最後に残るのは『夜と霧』だ、という執筆者たちの思いは、印象的である。巻末に「編集部付記――日本における映画『夜と霧』の受容について」を付した。
目次
謝辞

序章 ホロコーストの記憶を伝える
第一章 映画『夜と霧』における記憶の構築
第二章 検閲と承認――フランスにおける映画『夜と霧』の受容
第三章 啓発的行動――ドイツにおける『夜と霧』
第四章 軌跡の不在――イスラエルにおける映画『夜と霧』の受容
第五章 ほとんど知られていない古典的名作――イギリスにおける『夜と霧』
第六章 覚醒の衝撃――オランダに映った『夜と霧』
第七章 アメリカにおける『夜と霧』の軌跡
終章 (ホロコーストの)記憶をたどり、記憶の問題を読み直す

編集部付記――日本における映画『夜と霧』の受容について
原注・文献・索引・執筆者紹介
著者略歴
エーヴァウト・ファン・デル・クナープ(エーヴァウトファンデルクナープ)
ユトレヒト大学ドイツ文学・文化学科助教。主な著書にDas Gespräch der Dichter: Ernst Meisters Hölderlin- und Celan-Lektüre (1996), De poëzie van de dolfi jn (1999) およびDe verbeelding van nacht en nevel: Nuit et Brouillard in Nederland en Duitsland (2001)がある。同編集に、オランダ・パウル・ツェラン協会の年報(1993, 1995)、Sachlichkeit: Herkunft und Wirkungen eines Konzepts (2004)、『映画『夜と霧』とホロコースト』The International Reception of Night and Fog (2006, 庭田よう子訳、みすず書房)がある。近年、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団の研究員として、アーンスト・マイスターの詩集の編集に取り組む。
庭田よう子(ニワタヨウコ)
翻訳家。訳書 ゲーノ『避けられたかもしれない戦争』(東洋経済新報社、2017)ロス『スタンフォード大学dスクール 人生をデザインする目標達成の習慣』(講談社、2016)ハリントン『ウェルス・マネジャー 富裕層の金庫番』(みすず書房、2018)ファン・デル・クナープ編『映画『夜と霧』とホロコースト』(みすず書房、2018)ほか。

※近刊検索デルタの書誌情報はopenBDのAPIを使用しています。

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