近刊検索 デルタ

2020年10月30日発売

太郎次郎社エディタス

下山の哲学 登るために下る

登るために下る
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内容紹介
竹内洋岳最新刊にして、山岳書初(!)の「下山」ドキュメント

ヒマラヤ8000m峰14座完全登頂とは、14の山すべての頂から無事に下ってくるということ。「生きて還ってこなければ、下山しなければ、登山ではない」とつねづね語り、それを実現してきた竹内は、どのように山を下ってきたのか。疲労困憊のなかで頻発する危機、生死を分けた判断と行動、朦朧とする頭で考えていたこと……。敗退もふくめて、17年にわたる14座の全下山をたどり、現在に続く新たな挑戦を報告する。

世界的クライマー、ラルフ・ドゥイモビッツほか、本人を深く知る6人へのインタビューをとおして竹内洋岳を「解剖」するコラムも収録。
目次
Ⅰ▼「役割」(大規模登山隊)から「愉しみ」(少数精鋭チーム)へ
1995年 マカルー[1座目] 8000m峰初下山
1996年 エベレスト[2座目] デスゾーンからの逃避
1996年 K2[3座目] ベースキャンプへの「登頂」
2001年 ナンガパルバット[4座目] 切りひらいていく下山

Ⅱ▼クライマックスとしての下山
2003年 カンチェンジュンガ[敗退] ホワイトアウトのなかを
2004年 アンナプルナ[5座目] 二度と行きたくない山
2004年 ガッシャーブルムI峰[6座目] 身近にある死
2005年 シシャパンマ[7座目] ぐるり1周旅の締めくくり

Ⅲ▼生還するために
2005年 エベレスト[敗退] 死後の帰還
2006年 カンチェンジュンガ[8座目] 見失った帰路
2007年 マナスル[9座目] 灼熱のラッセル地獄
2007年 ガッシャーブルムII峰[敗退] 雪崩に飲みこまれて

Ⅳ▼ヒマラヤへの復活
2008年 ガッシャーブルムII峰[10座目] つぎの山への登り
2008年 ブロードピーク[11座目] 激痛と落石の恐怖
2009年 ローツェ[12座目] もっともつらい下り

Ⅴ▼14サミット完全下山
2010年 チョ・オユー[敗退] 新たなパートナーと
2011年 チョ・オユー[13座目] 幻覚のなかの軌道修正
2012年 ダウラギリ[14座目] 極限の夜を超えて

つぎの山へ——14サミッターの現在地

▼インタビュー
「登山家の突然変異」——シューフィッター 釣巻健太郎の視点
「妥協なき道具マニア」——登山用腕時計開発者 牛山和人の視点
「強くて繊細なlovely person」——14サミッター ラルフ・ドゥイモビッツの視点
「スマートな野心家」——医師 柳下和慶の視点
「つかまえちゃダメな人」——山岳気象予報士 猪熊隆之の視点
「つねに帰り道を知っている人」——山岳カメラマン 中島健郎の視点
著者略歴
竹内 洋岳(タケウチ ヒロタカ takeuchi hirotaka)
プロ登山家、14サミッター。1971年、東京都生まれ。立正大学客員教授。ハニーコミュニケーションズ所属。アルパインスタイルもとり入れた速攻登山で8000m峰に挑みつづけ、2012年に14座目となるダウラギリ登頂に成功。日本人初の8000m峰14座完全登頂を果たす。2013年、植村直己冒険賞を受賞。現在は、未踏峰への挑戦を続けながら、野外教室や防災啓発などにも取り組んでいる。著書に『標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学』(NHK出版新書)、『頂きへ、そしてその先へ』(東京書籍)、聞き書きによる書籍に塩野米松『初代 竹内洋岳に聞く』(ちくま文庫)など。
川口 穣(カワグチ ミノリ kawaguchi minori)
ジャーナリスト、編集者。1987年、北海道生まれ。2012年に山と溪谷社に入社し、登山雑誌の編集にたずさわる。18年に退社後は週刊誌『AERA』などで取材・執筆。宮城県石巻市の無料情報紙『石巻復興きずな新聞』副編集長も務める。編集・執筆を担当した書籍に『ヤマケイ登山学校 ロープワーク』(水野隆信監修、山と溪谷社)など。
タイトルヨミ
カナ:ゲザンノテツガク
ローマ字:gezannotetsugaku

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太郎次郎社エディタスの既刊から
竹内洋岳/著 川口穣/構成
土井敏邦/監督・撮影・編集
ピエルドメニコ・バッカラリオ/著 フェデリーコ・タッディア/著 アントンジョナータ・フェッラーリ/絵 ほか
もうすぐ発売(1週間以内)
アリス館:まはら三桃 めばち 
集英社:出水ぽすか 白井カイウ 
筑摩書房:恩田陸 
KADOKAWA:サラブレ編集部 

連載記事

発売してからどうです(仮)

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