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2018年10月25日発売

フィルムアート社

シネマの記憶装置[新装版]

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内容紹介
フィルムアート社創立50周年記念復刊

映画、その甘美な苛酷さについて
「映画に対する言葉の敗北のささやかな記念碑」として編まれた、最も《幸福な》蓮實重彥の映画論集、待望の復刊!!

「79年。来るべき80年代に向けて悠々と蜂起された一個人による五月革命。あらゆるメディアが、最悪の記憶喪失装置と化した現在からパースペクティヴされる、一文字残らず金言だけで編まれた、まるで非現実のような最良の記憶喪失装置。」
――菊地成孔(音楽家 / 文筆家)



創世記の映画から現代の映画までの、その膨大な<フィルム断片>を思考の経験として享受し、その一片一片を記憶の彼方から呼び寄せながら、幾多の作家、スター、そして夢のリールを回る幾多のシークエンスを、豊かな批評言語のなかに鮮やかに甦らせる映画論集。
目次
1章 シネマの記憶装置
 シネマの記憶装置
2章 フィルム断片、その引用と反復の記憶
 個人映画、その逸脱の非構造
 ジョナス・メカスの『リトアニアへの旅の追憶』と『メカスの映画日記』
 映画作家としてのロブ=グリエ
 詐欺師、その肉体と声
 オースン・ウェルズの『フェイク』
 手と指の宇宙的交感
 ロベール・ブレッソンの『白夜』
 ヴィム・ヴェンダースの『アメリカの友人』または稚拙なる模倣の倫理
 仰視と反復
 スティーヴン・スピルバーグの『未知との遭遇』
 みんなでいそいそとブニュエルを見に行こう
 単性生殖のドン・キホーテ
3章 映画の現在、その緩慢と弛緩の記憶
 ゴダール以後のフランス映画
 かくして、政治方言は水増しされながらも映画を……
 懐古趣味を超えて
 現代ヨーロッパ映画の私的展望
 制度を超えて
 『マキノ雅弘自伝・映画渡世』
 過激な教育の実践
 山田宏一『友よ映画よ〈わがヌーヴェル・ヴァーグ誌〉』
 巨大な環境としてのアメリカ映画
 「間(インター)フィルム性」の記憶装置
 緩慢弛緩症の蔓延
4章 作家論、見えざる素顔への記憶
 『緋牡丹』以後
 加藤泰の『日本俠花伝』
 鈴木則文
 身振りを欠いた手招き
 鈴木清順の『悲愁物語』
 映画的時間を目指す映画の疾走
 村川透の『最も危険な遊戯』
 画面という名の表層
 満友敬司の『俺は田舎のプレスリー』
 吸血鬼への書かれなかった手紙
 曾根中生の『わたしのSEX白書・絶頂度』
5章 ゴダール的記憶の現在
 否認する視線の劇
 ゴダールによるゴダール あるいはベラスケスの薄明を透して
 『東風』まで
 ゴダールは、いま、どこにいる
 『万事快調』または映画による映画の空洞化
 偉大なる単純さの自由
あとがき
新装版あとがき

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週刊コミタン! 20号


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