近刊検索 デルタ

7月1日発売予定

ポット出版プラス

出版社名ヨミ:ポットシュッパンプラス

炭鉱の唄たち

炭坑節からプロテストソング、そして流行歌まで
このエントリーをはてなブックマークに追加
内容紹介
※ 発売日、頁数は予定です。
目次
序章 どっこい炭鉱唄は生きている!

●なぜ苛酷な炭鉱から多くの唄が生まれたのか?
●明治の近代化で「燃え石」は「黒ダイヤ」になった
●「生き地獄」が炭鉱に唄を生んだ
●唄でまぎらわす労働地獄
●炭鉱唄にこめられた労働安全
●苦役ゆえの屈託のなさ
●炭鉱は労働運動歌も校歌・市歌も流行歌も生んだ
●〝労働の肉体離れ〟で炭鉱唄は最後の「仕事唄」となった

第Ⅰ部 三大炭坑節をめぐる生誕と流転の謎

第一章 炭坑節を戦後復興の応援歌にしたのは誰か

⦿第一節 炭坑節の生誕地が三池と誤解された歴史の謎
●「炭坑節」はどのようにして生まれたか?
●モデルは三池炭鉱にあらず!?
●発祥の地は筑豊の田川伊田炭鉱
●芸者衆が選炭唄を座敷唄に洗練
●英文ウィキペディアも発祥地を誤記

⦿第二節 足長おじさんはGHQ
●戦後復興の応援歌、進駐軍バージョン炭坑節
●米兵が感じた〝とびきりの日本〟
●なぜGHQは三池炭鉱に進駐したのか

⦿第三節 炭坑節なくして復興なし!
●石炭なくして戦後日本の復興なし
●「食」と「住」の優遇策で炭鉱へ労働者を誘導
●GHQの特別列車「黒ダイヤ号」、産炭地へ
●炭坑節で傾斜生産方式を鼓舞
●GHQ文書で明かされる占領期対日放送政策の実態
●炭鉱労働者慰安番組「炭坑へ送る夕」
●バラエティもエンタメ効果を発揮
●「炭坑へ送る夕」、石炭増産の目的を達成し「産業の夕」に統合

⦿第四節 レコード競作と紅白歌合戦で国民歌謡へ
●相次ぐレコード化にもGHQの影が
●第一回紅白で東西の炭坑節対決
●GHQに対する周囲の過剰なまでの忖度

⦿第五節 「炭坑節」異聞
●炭坑節は〝地底の差別〟を隠した
●〝エタ節〟と呼ばれる〝闇の炭坑節〟があった!?
●三池闘争を挫折させた下請け差別と部落差別
●三池炭鉱を荷役で支えた与論島の民
●炭坑節を踊るのに百年を要した与論の民
●大陸・半島出身者と炭坑節との関わりは戦後から
●〝仲介役〟は〝とんちゃん〟だった!?
●炭坑節は地底の差別と分断の記憶再生装置

第二章 常磐炭坑節はこうして国民歌謡になった

⦿第一節 東の炭坑節のふるさと、常磐炭田
●「低い」「薄い」「熱い」「危ない」の〝四重苦〟に抗して

⦿第二節 ルーツは農と鉱
●東の炭坑節のルーツは農業と鉱山由来の唄にあり
●炭坑節は鉱山唄と草刈唄の融合!?
●再論、炭坑節生誕のナゾ
●ナゾの答えは炭坑の〝現場〟にあり
●現在の常磐炭坑節はジャズ!?
●〝哀調〟のもとは足尾石刀節か
●なぜ炭坑節から〝哀調〟が消えたのか?

⦿第三節 常磐炭坑節には有力なライバル兄姉がいた!
●常磐炭坑節の誕生は昭和一〇年前後か
●石刀唄の流れをひく「いわきハッパ節」
●閉山で地底に埋もれていた幻の炭鉱唄「トロッコバッタ」
●炭坑節の卵はいくつもあった!?
●〝危な唄〟の真室川花電車
●選炭場はエロスの解放区!?
●炭坑夫たちはなぜ近隣からやってこなかったか?

⦿第四節 〝育ての親〟は芸者衆
●東西共に〝育ての親〟は地元の芸者衆
●水戸偕楽園で美妓百名による大イベント
●地元出身の野口雨情に歌詞を依頼
●温泉と炭鉱は犬猿の間柄!?
●〝炭坑節の卵〟は一つではなかった!?
●野口雨情作詞の炭坑節
●浅野総一郎と野口雨情の共通項
●中山晋平のアレンジで進化か?
●水戸の芸妓によるレコードも
●常磐炭坑節南下進化論か北上進化論か
●なぜ炭坑節は湯本へ里帰りしたのか?

⦿第五節 常磐でも足長おじさんはGHQ
●戦後の国を挙げての石炭増産とGHQ
●炭坑夫確保のためにコメを特配
●炭鉱労働者慰安番組『炭坑へ送る夕』
●レコード競作と紅白歌合戦での東西の炭坑節対決
●炭坑節(九州)
●常磐炭坑節
●〝哀調〟が消えた裏にもGHQの影が
●常磐炭坑節が福島民謡になった背景にもGHQが

第三章 北海盆唄はなぜ炭鉱唄から国民的愛唱歌になれたのか

⦿第一節 北海盆唄は北海道の炭坑節だった
●元唄の発掘者・吉田源鵬氏
●民謡歌手と炭鉱盆踊りとの運命的出会い
●「炭坑節」から炭坑が消え「盆唄」へ
●三十五年ぶりに蘇った北海道の「炭坑節」
●幾春別の往時の面影を訪ねる

⦿第二節 北海盆唄の特徴は圧倒的卑猥性にあり
●北海道炭坑節の独自性は卑猥性
●元唄は「ベッチョ踊り」
●「踊り」にも圧倒的な卑猥性
●「炭坑型北海盆唄」が正系に
●大人も子供も「脱卑猥化」「都市志向化」へ
●「子供盆おどり唄」が果たした「脱炭鉱化」
●新作の発禁処分で卑猥唄が一瞬甦った?
●原始的ファリシズム

⦿第三節 北海盆唄とGHQ
●「足長おじさん」としてのGHQ
●増炭調査団、北海道へ
●「炭坑へ送る夕」に北海盆唄
●足長おじさんの法衣からのぞいた鎧
●フォークダンスで炭鉱踊りの卑猥性浄化を仕掛けた米諜報部員
●長崎での成果を北海道へ
●読者投稿が活写する終戦直後の盆踊り風景
●全道へ浸透するベッチョ節(踊り)
●フォークダンスと盆踊りの健全化
●阿波踊り復活の背後にもGHQ
●〝マッカーサー元帥感謝盆踊り〟も
●ベッチョ節の矯正指南としてニブロ来道
●フォークダンスによる盆踊りの健全化は奏効せず
●「盆踊り健全化」の動きは明治の開坑期から
●卑猥性の真骨頂は「踊り」にあり

⦿第四節 北海盆唄のルーツ異説異聞その一/小樽発祥節
●「元唄」のさらなる「元唄」を求めて
●小樽高島の盆踊唄の「故郷」は「越後甚句」
●『日本民謡集』(岩波書店)がお墨付きを与えた?
●鉄路が越後の盆踊唄を小樽から炭坑へ運んだ?
●ベッチョ節とは程遠い越後盆踊唄

⦿第五節 北海盆唄のルーツ異説異聞その二/根室花柳界発祥説
●根室は小樽に先んじていた!?
●卑猥性でも根室は先んじている?
●根室盆唄は踊りも躍動的
●メロディも北海盆唄に近似

⦿第六節 北海盆唄のルーツ異説異聞その三/旭川屯田兵発祥説
●盆踊大会殺傷事件が契機で「正調」制定
●「正調北海盆唄発祥地」碑の建立
●海の玄関口「増毛」、軍都「旭川」、炭鉱――三者の相関性
●「増毛発祥・旭川伝播説」の根拠

⦿第七節 北海盆唄のルーツ異説異聞その四/常磐炭鉱由来説
●北海盆唄旭川発祥説は勇み足!?
●ベッチョ節とチョンコ節の合わせ技?
●北海盆唄のルーツを女性器の卑称から考察
●北海道における「ベッチョ不在」の意味
●常磐炭鉱由来説に異論?
●チョンコ節の「代役」は〝灯台下暗し〟にあり
●福島の盆踊り唄と「曲調」「歌詞」で類似性
●山形県まで越境した常磐の盆踊唄
●エロティックな「踊りぶり」は?

⦿第八節 北海盆唄のルーツ ハワイ経由説
●ハワイに「保存」されていたベッチョ踊り
●正式名は「福島音頭」だが正体は「相馬盆唄」
●相馬盆唄の俗称は「ベッチョ」だった!?
●なぜ福島盆踊りが常夏の楽園で勝ち残ったのか?
●原型は「踊りぶり」も過激で卑猥

⦿第九節 北海盆唄のルーツ やっちき踊り流転説
●異端の踊り「やっちき」
●古代の「歌垣」の遺産か?
●北海道の「ベッチョ節」のルーツか?
●やっちきは炭鉱発祥?
●やっちきは九州の炭鉱発?
●常磐は「やっちき踊り」の中継地

⦿第十節 北海盆唄のルーツ 人口移動から検証
●「常磐➡空知」の人口移動を検証
●石狩炭田移住者の多数派は東北出身
●石狩炭田の福島県出身の順位は?
●「友子制度」がつなぐ常磐と北海道
●常磐炭田でも健在だった友子制度

⦿第十一節 総括~北海盆唄の四ルーツ説はつながっていた!
●真のルーツは天明大飢饉にあり!?
●福島浜通りを目指した越後衆
●「相馬二遍返し」は〝移民勧誘〟の唄だった?
●「相馬盆唄」と「越後甚句」の類似性
●越後が「親」で相馬が「子」?
●小樽発、根室発、旭川発の北海盆唄もみな常磐発と兄弟?
●北陸から移民は常磐地区へも流入定着した
●二世紀をかけ四つのルーツ説は一つに繋がった!
●常磐炭坑節は北海道から伝わった?
●ガス爆発→落盤、歌詞の修正の意味
●時系列的にも妥当
●伝えたのは「渡り友子」たち?
●常磐炭坑節の元唄は草刈り唄か?
●ファンタジックな〝還流ドラマ〟

第Ⅱ部 富国強兵と戦争と炭鉱唄

第一章 炭鉱を鼓舞した軍国歌謡

⦿第一節 石炭の一塊は血の一滴!
●歌は炭鉱につれ、炭鉱は歌につれ
●石炭統制会選定の軍国歌謡
●敗戦間際まで続く炭鉱プロパガンダ
●産業戦士の像と炭鉱軍国歌謡

⦿第二節 地底から沸き上がった抵抗の歌声
●悲劇の炭鉱事故から生まれた労働安全唄
●人間臭い初期の労働運動歌
●炭鉱唄にとって分水嶺となった昭和八年
●プロパガンダとプロテストの激しい応酬
●炭坑節に刻まれた戦争の記憶

第二章 戦時下の炭鉱社歌と社員慰安歌

⦿第一節 炭鉱社歌にみる三大財閥系の個性
●温度差がある大手炭鉱各社の「社歌」
●三井系の雄、「北海道炭礦汽船」社歌
●社長の〝御製〟による「三菱の歌」
●社内応募でつくられた「住友社歌」
●「人の三井」が見事に表現された北炭社歌
●「三菱の歌」は「組織の三菱」が具現化?
●「結束の住友」の面目躍如

⦿第二節 社歌にでる炭鉱企業の経営姿勢
●大倉財閥系、常磐炭田「入山採炭」社歌
●筑豊の雄、「麻生鉱業」社歌

⦿第三節 ホンネと実情がほのみえる社員慰安歌
●〝戦争臭〟なしの「北炭音頭」

第三章 炭鉱城下町の「公的唄」と戦争の影
⦿第一節 市町村歌とご当地小唄の戦時色の落差
●産炭地の「公的な唄」と戦時色
●三井鉱山の北の主力炭鉱町の〝準町歌〟
●夕張炭鉱開基四〇年を記念して公募された二曲
●筑豊と三池の三つの市歌

⦿第二節 炭鉱をめぐる軍国歌謡と社歌と公的歌の戦時色の差
●戦時色が薄い「公的な唄」の歴史的意味

第四章 炭鉱城下町の「校歌」と戦争の影
⦿第一節 石狩炭田の小学校校歌にみる戦争の影
●産炭地の校歌から見えてくる「戦時」とは
●石狩炭田の戦前校歌を手がかりに
●「戦時色校歌」は農村より炭鉱町に多い!?
●戦時色濃厚な歌詞は戦後に改変・削除か?

⦿第二節 筑豊炭田の小学校校歌にみる戦争の影
●筑豊の直方を検証サンプルに
●「醜の米兵討つべし」の校歌も
●「脱戦時色化」がなされた可能性も
●戦前生まれでも対照的な校歌も
●直方でも「戦時色校歌」は六割に
●田川の小学校にも戦時色旧校歌
●「改変」の典型、飯塚市頴田小校歌
●石炭積出港でも「戦時色校歌」の先駆け

⦿第三節 小学校校歌(戦前)の戦時色の産炭地比較
●指標を「戦時色度」+「炭鉱色度」へ
●石狩炭田の「炭鉱色校歌」たち
●筑豊・三池の「炭鉱色校歌」たち
●「戦時色度」「炭鉱色度」ともに〝北高西低〟
●初等教育現場の戦時下風景も〝北高西低〟

⦿第四節 旧制中学校校歌の戦時色の産炭地比較
●北の産炭地では〝四校四様〟
●常磐と宇部の二校歌には「炭鉱色」なし
●旧制中学校歌の「戦時色」と「炭鉱色」の相関は?
●三池工業と旧東筑中の典型的「戦時下校歌」
●「戦争」をもっとも色濃く反映した旧制中学・工業学校校歌

第五章 「外地」で生まれ育った炭鉱唄

⦿第一節 旧満州の炭鉱社歌は「準国歌」
●王道楽土建設のシンボルソング

⦿第二節 なぜ「外地」の炭鉱慰安歌は明るいのか
●むしろ陽気な「外地」の炭鉱唄

⦿第三節 ソ連進駐で慰安歌は悲歌へ暗転
●撫順炭礦の「王道楽土」を唄った二つの慰安歌
●ソ連進駐、「慰安歌」は一転「悲歌」へ

⦿第四節 大陸侵略を支えた謎の炭鉱技術者学校
●歴史から消された特殊な技術者養成学校
●校歌・寮歌からも「満州国」が発する〝独特の匂い〟
●学費・食費免除と安定した就職で志願者殺到
●日満工業学校校歌は歴史の生き証人

⦿第五節 娼婦と共に満州にわたった炭鉱唄
●選炭唄が春歌の形をとった怨歌へ
●「死の労働」の日常化

⦿第六節 嗚呼、万人坑!
●「怨み節」を「鎮魂歌」へ

第Ⅲ部 炭鉱と唄たちの戦後 その再生と死と

第一章 戦後復興を支えた炭鉱唄たち

⦿第一節 「戦前・戦中」と「戦後は非連続ではない
●「炭鉱ゆかりの歌たち」の戦後とは
●産炭地の社歌、市歌、校歌の「戦前」VS「戦後」
●「戦前」と「戦後」は「増炭」でつながっている!?
●「増炭」の指令者はGHQ?
●むかし軍部、いまGHQ
●軍艦マーチをGHQはなぜか許容

⦿第二節 戦前と戦後をつなぐ「一山一家」主義
●戦前と戦後では真逆の「炭鉱社歌」

⦿第三節 炭鉱を「一山一家」にまとめ上げた球団応援歌
●社員と市民を元気づけた社会人野球団
●石炭と石油の野球応援歌対決
●二〇二〇東京五輪で、オール常磐応援歌をもう一度!

⦿第四節 市歌と校歌に刻まれた炭鉱の賑わいの記憶①
●旧平市歌に「炭鉱」がない理由
●炭鉱に寄り添う勿来小唄
●いわき市歌の歌詞になぜ斜陽の石炭が……
●いわき市歌の先行歌、磐城甚句

⦿第五節 市歌と校歌に刻まれた炭鉱の記憶②
●産炭地の高校校歌は炭鉱を記憶しているか
●炭鉱との縁が深い工業高校の校歌
●地元炭鉱の輿望を担った平工業高校
●作詞者が土井晩翠でなく草野心平だったら……
●炭鉱を生きるバネにした草野心平
●炭鉱をうたった小中学校校歌

⦿第六節 なぜ戦後炭鉱唄が盆踊りの主役となったのか①
●いわき名物「じゃんがら」
●炭坑夫たちを慰藉した盆踊り
●炭鉱の盆踊りが生んだ日本一の回転櫓
●時代の世相を映す炭鉱盆唄
●本来「じゃんがら」に歌詞はなかった

⦿第七節 なぜ戦後炭鉱唄が盆踊りの主役となったのか②
●「炭鉱」が盆唄の歌詞に
●炭鉱発の「新作盆唄」
●炭鉱最盛期の雰囲気を伝える「盆踊り歌詞集」
●地域融和に貢献した「炭鉱発盆唄」

第二章 閉山へ捧げられた挽歌たち

⦿第一節 炭鉱との別れで歌われた唄たち
●〝熱い〟〝低い〟〝薄い〟に〝危ない〟が加わりついに閉山へ
●涙の炭坑節で鉱山に別れを告げ
●軍国歌謡の「替え歌」で別れを惜しむ
●学卒の技術者たちの「替え歌」挽歌も

⦿第二節 閉山と市歌
●対照的な茨城県側炭田の二つの市歌

⦿第三節 閉山でも校歌は消えず
●閉山と共に校歌から炭鉱も消滅
●好間地区でも校歌から炭鉱消える
●炭鉱への挽歌としての校歌

⦿第四節 提言・炭鉱唄を近代化遺産とせよ
●炭鉱地区の校歌を「ユネスコ近代化遺産」に
●校歌は地域の記憶を掘り起こす生き証人
●いわき市歌も「ユネスコ近代化遺産」に名乗りを上げよ

⦿第五節 閉山と第二の創業 常磐ハワイアンセンターの挑戦
●常磐炭礦の中興の祖、中村豊
●フローでなくストックによる〝第二の創業〟
●存亡の危機を乗り切ったフラガールたち
●そして、炭鉱の唄は歌い継がれた……
●東日本大震災を全国キャラバンで乗り越える

⦿第六節 北の大地の閉山に捧げられた唄たち
●吉田拓郎の「落陽」は閉山へのオマージュである!?
●炭鉱離職者の受皿となった新産都市・苫小牧
●サイコロじいさんは閉山の擬人化?
●サイコロじいさんはベッチョ踊りが得意だった?

⦿第七節 閉山――それでも唄は残った
●「老兵」は消えゆくのみ?!
●「閉山反対歌」の誕生
●「闘いの唄」ではなく「追憶の挽歌」として
●「がんばろう」は炭鉱組合の葬送曲
●三池閉山の鎮魂歌「炭掘る仲間」

⦿第八節 閉山後の記憶再生装置としての「音頭」と「小唄」
●恐怖の納屋制度を今に伝える「高島節」
●組合解散式で配布された「端島音頭」
●閉山後も歌い継がれる「崎戸小唄」
●子どもたちの閉山の唄は「巣立ちの歌」
●九州最後の炭鉱の記憶再生装置「池島音頭」
●閉山後につくられた追憶の唄
●「明るく楽しい記憶」だけの再生装置であってはならない

⦿第九節 日本最後の閉山地、釧路炭田
●庶路炭鉱の「赤い広場」と「赤いアコーディオン」
●うたごえの火を消した三池闘争と石炭生産転換闘争
●多種多様な「うたごえ」
●労使の「ほどよい緊張関係」
●そして「ヤマの唄」は残った!?
●閉山、そして釧路コールマインへ

第三章 戦後復興を支えた炭鉱労働運動歌

⦿第一節 右派も左派もひたすら明るい労働組合歌
●「一山一家」を謳いあげた労働組合歌
●左派の三池労組の組合歌も怨念はなし

⦿第二節 釧路炭田が生んだ謎のうたごえ運動家
●「うたごえ運動」を下支えした炭鉱労働者
●三池の荒木栄と肩を並べた〝うたごえ運動家〟釧路の佐藤広志
●「俺ら炭礦夫だ」は幻のうたごえ?
●日鋼室蘭闘争を唄で励ます
●炭鉱仲間のうたごえサークルが伝達役に
●炭労大会、「日本のうたごえ」でさらに拡散・浸透
●佐藤広志、〝全国区〟のうたごえ運動家へ
●炭鉱では〝良き歌〟が〝良き団結・絆〟をつくる
●「お富さん」から「俺らは炭礦夫だ」へ
●隣接する庶路炭鉱労働組合歌を作曲
●ジラード事件に触発され叙事詩歌をつくる

⦿第三節 歴史の闇に消えた最高傑作「人とし生きるために」
●〝うたごえ運動家〟 佐藤広志の総仕上げの傑作
●三井三池の荒木栄とも交流
●突然消え去った〝うたごえ運動家〟
●そして、うたごえ運動も消えた

第四章 戦後復興から閉山へ。炭鉱の盛衰に連れた流行歌

⦿第一節 一九五七年が[戦後炭鉱歌謡]の分水嶺
●「炭鉱ゆかりの戦後流行歌」の年度別発売状況を精査
●東西の炭坑節をプロパガンダソングに
●炭鉱コミックソングで石炭増産を後押し

⦿第二節 炭鉱のリアルを伝える唄がアメリカから上陸
●双子の謎と矛盾
●日本に逆上陸した“Sixteen Tons”の衝撃
●フランク永井とは対照的な小坂和也のカバー曲
●「一三八〇〇円」以外にも炭鉱礼賛歌謡

⦿第三節「炭鉱は明るい」から「炭鉱は暗い」へ
●「炭鉱苦役歌謡」の嚆矢、三橋美智也の「俺ら炭坑夫」
●「炭鉱の現状理解」に労使のズレ
●三橋美智也「俺ら炭坑夫」を発禁処分に!?
●実は「俺ら炭坑夫」は坑夫たちの愛唱歌だった!?
●暗い炭鉱の予兆
●暗くて辛い炭鉱の嘆き節
●三橋美智也の原点は父親の落盤死
●三橋美智也につづいて小林旭、島倉千代子も歌った「暗い炭鉱恨歌」
著者略歴
前田 和男(マエダ カズオ maeda kazuo)
1947年東京生まれ。 日本読書新聞編集部勤務を経て、翻訳家、ノンフィクション作家、編集者。路上観察学会事務局。『のんびる』(パルシステム生協連合会)編集長。 ●著作 『昭和街場のはやり唄』(彩流社)、『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)、『足元の革命』(新潮新書)、『選挙参謀』(太田出版)、『紫雲の人、渡辺海旭』(ポット出版)、『民主党政権への伏流』(ポット出版)、『MG5物語』(求龍堂)他。 ●訳書 オーレン・ハラーリ『コリン・パウエル リーダーシップの法則』(KKベストセラー)、テリー・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)他。 絵本『タンタンタンゴはパパふたり』など。
タイトルヨミ
カナ:タンコウノウタタチ
ローマ字:tankounoutatachi

※近刊検索デルタの書誌情報はopenBDのAPIを使用しています。

-- 広告 -- AD --

【AD】
今、注目すべき第三書館の本
泣くな、わが子よ
ノーベル賞候補であり続ける文学者の代表作

-- 広告 -- AD --

もうすぐ発売(1週間以内)

※近刊検索デルタの書誌情報はopenBDのAPIを利用しています。